2013年3月10日日曜日

(続)日本が仕掛けた通貨戦争:金融政策で日本の再浮揚を図る危険な任務

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JB Press 2013.03.07(木)  Financial Times:
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/37304
Financial Times (2013年3月6日付 英フィナンシャル・タイムズ紙)

安倍首相の驚くべき計画
金融政策で日本の再浮揚を図る危険な任務

 日本の安倍晋三首相が絶え間なく世間を驚かせている。
 首相が日銀のトップに指名したチームは、これ以上ないほど急進的だ。
 日銀の過去の消極性を批判してきた黒田東彦氏が金融政策を担うことになる。

 間違ってはいけない。
 黒田氏は年率2%のインフレを実現したいと思っているだけでなく、この目標は中央銀行の力で達成できると考えているのだ。

 黒田氏は政府および新副総裁になる岩田規久男、中曽宏両氏の支持も期待できるだろう。
 日銀は不満を漏らすかもしれないが、政策の転換は確実なように見える。

 問題は、新たな政策が奏功するかどうか、だ。
 そして実際、「奏功する」とは何を意味するのだろうか?

■日本が置かれた奇妙な状況

 まず、日本の奇妙な状況に留意するところから始めなければならない。

 デフレ期待はすっかり定着している。
 たとえ調査に表れていないとしても、債券市場にはデフレ期待が深く根差しており、10年物国債の利回りが現在0.66%となっている。
 短期金利でさえ、実質金利はプラスで推移している。
 また、デフレは粘着性が相当高かった。

 最後に、債務の配分は民間部門から公的部門へとシフトした。
 経済アドバイス会社スミザーズ・アンド・カンパニーによると、非金融法人企業部門の純債務は1995年時点で株主資本の150%だったものが、30%まで低下した。
 だが、政府の純債務は1996年末時点の国内総生産(GDP)比29%から跳ね上がり、2012年末には同135%に達した。

 こうした事実には深甚な意味合いがある。
 まず、デフレに終止符を打つことは、1990年代終盤と比べてはるかに難しいということだ。
 次に、インフレ率の上昇は、実質金利もマイナスになるのであれば有益だろう。
 支出を促すことになるからだ。
 第3に、マイナスの実質金利は、政府の債権者から将来の納税者へと富を再配分することにもなるはずだ。

 このようなマイナスの実質金利は、インフレ率を予想よりも高くするか、金利を抑制することによって達成できる。

 実際、日本の当局が実質金利を大幅なマイナスにすることを望んでいるかどうかははっきりしない。
 しかし、たとえそれが政治的な反発を招くリスクを生むとしても、当局はそうすべきである。

 では、いかにしてこれを実現し、どれだけ透明性を確保すべきなのか?

 日銀は2%のインフレを目指すと言いながら、それよりも高いインフレをもたらす可能性の高い政策を遂行することができるだろう。
 これは危険なごまかしだ。
 あるいは、日銀はより高いインフレ率の目標を発表しながら、低い名目金利が長期間続くと言うこともできる。
 これは公然たるインフレ税に当たる。

 いずれにせよ、一時的に物価ないし名目GDPの水準をターゲットにすることで政策を補強することができる。
 そうすべき根拠は、このような極端なケースでは、過去を過去として済ますべきではないということだ。

 現在の物価水準は、1997年以来ずっと、年間インフレ率が2%だった場合と比べて30%低い。
 同様に、名目GDPは日本経済が年間3%の成長を続けてきた場合よりも40%小さい。
 もし日銀が、1997年以降、年間3%の成長が続いた場合の名目GDPの水準に戻ることを目指すなら、向こう10年間、年間9%近い成長にコミットすることになる。

 そうなれば、間違いなく債務の実質負担を軽減できるはずだ! 
 その先は、政策立案者は2%のインフレ目標に戻ってもいいだろう。

 これは一例を示しているだけであって、推奨しているわけではない。
 だが、これほどの急進主義を是とする論拠は、経済見通しを速やかに変えられることだ。
 通常の目標では不十分かもしれない。

■ターゲットと並び重要な政策手段

 問題は新しいターゲットだけではない。
 政策手段も重要だ。
 日銀を率いる新たなチームは、政府の赤字のマネタイゼーション(貨幣化)を含め、今より多様な資産買い入れのメニューを検討しなければならない。

 サウサンプトン大学のリチャード・ヴェルナー氏はかねて、財政のマネタイゼーションを行う最善の方法は、政府が銀行から資金を直接借り入れることだと主張してきた。
 筆者が2月13日付のコラムで述べたように、いざとなれば、日本は「ヘリコプターマネー」を使ってもいいかもしれない。

 もし日銀が市場から引き揚げることを望まない不換貨幣を使うなら、併せて商業銀行に明確な準備預金の義務を課す必要もあるだろう。

 日銀の従来の見解は、金融政策はインフレ率を引き上げられないというものだった。
 この見方は驚くほどの想像力の欠如を露呈している。
 原則としては、日銀は不換貨幣を使い、世界中のすべての資産を好きな価格で買うことができる。
 そうすれば確実に円の購買力が低下するだろう。

  問題は、インフレを実現できるかどうかではなく、その成果を管理できるかどうか、特に粘着性の高いデフレに対する根強い予想を変えようとしている時に管理できるかどうか、だ。

 むしろリスクは、この取り組みがレンガをゴム紐で引っ張るようなものだということだろう。
 最初は少ししか動かず、やがて過度に動いてしまうのだ。
 ターゲットが重要なのは、このためだ。
 政策転換は信頼に足ると同時に、しっかりと抑制されなければならない。

■行く手に待ち受ける2つの危険

 ここで2つの大きな危険を予想できる。
 明らかに相互に関連した危険だ。

①.第1に、新たなアプローチは、近隣窮乏化政策を目指す意図的な試みと見なされる可能性があり、その結果、危険な報復をもたらしかねない。

②.次に、これが円を保有している投資家の逃避を促し、円相場の暴落とインフレの昂進をもたらす恐れがある。

 1つ目の方が差し迫った危険で、2つ目の方がより遠い先の危険だ。
 どちらのリスクも、政策転換を、正常な状態へ戻る確かな出口によって裏付ける必要があることを示している。

 さて、最後になるが、金融政策の抜本的な変更で十分なのか? 
 その答えはノーだ。
 短期的には、政府は赤字をマネタイズできるし、そうすべきでもある。
 だが、長期的には経済のリバランス(再調整)を図り、政府が創出した需要への依存を減らさなければならない。

 筆者が2月6日付のコラムで主張したように、政府は最終的に構造的な財政赤字を減らさなければならない。

 これを実現するためには、日本の民間部門が、政府の赤字に対応する構造的な資金余剰を減らさなければならない。
 こうして、日本の企業部門は長期的に、投資に対する内部留保の余剰を削減しなければならないのだ。

 民間部門の資金余剰を減らさないとすれば、経常収支の黒字を永続的に増やすことになるが、これは世界第3位の経済大国が今、採用してはならない策だ。
 これを採用すれば、「過剰貯蓄に苦しんでいる世界経済」を不安定にしてしまうからだ。

 日本は今、長らく地上で立ち往生していた
 「金融政策の凧」
を飛ばそうとしている。
 中には中央銀行の独立性が侵害されたと言う人もいるだろう。
 それに対する反論は、日銀は物価安定の使命を果たせなかった、ということだ。

 問題はむしろ、新たなチームが国内経済や世界経済を不安定にすることなく、
 インフレ率を引き上げ、
 実質金利を引き下げることができるかどうか、
だ。

■やり過ぎるリスクを冒しても、対策が不十分な事態は避けよ

 もしかしたら、2%のインフレ目標に向けて尽力することで、必要な成果を上げられるかもしれない。
 だが筆者は、少なくとも当面は、物価か名目GDPの水準を対象とするもっと急進的なターゲットが必要ではないかと考えている。

 日銀を率いる新たなチームは、たとえ結果的にやり過ぎるリスクを冒すことになっても、対策が不十分な事態は避けなければならない。
 多くの決断と多少の運が必要になるだろう。世界は新たなチームの幸運を祈るべきだ。

By Martin Wolf
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